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東京地方裁判所 平成11年(ヨ)22022号 決定 1999年6月23日

主文

本件申立てをいずれも却下する。

申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一  申立ての趣旨

一  債務者は、別紙物件目録(一)及び(二)各記載の各見本帳をそれぞれ作成し、頒布し、頒布の目的をもって所持してはならない。

二  債務者は、同目録(一)及び(二)各記載の各見本帳をそれぞれ廃棄し、既に頒布したものは頒布先から回収せよ。

第二  事案の概要

本件は、色画用紙の製造販売業者である債権者が、債権者の作成した見本帳(疎検甲第一号証。以下「債権者見本帳」という。)は、色彩及び色名を素材とし、その選択に創作性のある編集著作物に該当し(配列に創作性があると主張するものではない。)、債権者がこれについての著作権及び著作者人格権を有するところ、同じく色画用紙の製造販売業者である債務者の作成した別紙物件目録(一)記載の見本帳(疎検甲第三号証。以下「債務者新見本帳」という。)及び同目録(二)記載の見本帳(疎検甲第二号証。以下「債務者旧見本帳」といい、債務者新見本帳と併せて「債務者見本帳」と総称する。)は、いずれもその全五五の色彩及び色名のうち、色名において債権者見本帳の全五二色と一致し(三色について変更を加えている。)、色彩において債権者見本帳の全五二色中の五一色と一致する(四色について変更を加えている。)もので、債権者見本帳に依拠し、債権者の氏名を表示することなく作成されたものであるから、債務者見本帳の作成は、債権者の債権者見本帳についての著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権)を侵害する行為に当たるとして、債務者に対し、債務者見本帳の作成の差止め等を命じる旨の仮処分を求めた事案である(本件申立ての理由及び債権者の主張の詳細は、債権者代理人作成の本件仮処分申立書、平成一一年四月二一日付け及び同年五月一三日付け各主張書面各記載のとおりであるから、これらを引用する。)。

これに対し、債務者は、(1)債権者見本帳は、債権者の取扱商品である色画用紙そのものの紙片を貼付した商品見本であり、思想・感情の表現物たりえない旨、(2)債権者見本帳は、取扱商品そのものを材料として集輯したもので、色彩及び色名を素材とする編集物ではなく、素材の選択に創作性を見出し得ないから、編集著作物に該当しない旨、(3)色名そのものは、独占の対象になるものではなく、債権者見本帳にある全五二の色名は、いずれも慣用的に使用されているものであって、その使用が問題とされる余地はない旨、(4)債務者は、債権者見本帳の色彩についての配合方法を知らないから、債権者見本帳の色彩を模倣する余地はなく、色彩についての配合方法や紙質に同一性がない以上、債権者見本帳と債務者見本帳とは、色彩の同一性がない旨などを主張する(債務者の主張の詳細は、債務者代理人作成の答弁書、平成一一年四月二三日付け債務者第一準備書面、同年六月一一日付け債務者第二準備書面各記載のとおりであるから、これらを引用する。)。

第三  当裁判所の判断

一  著作権法一二条一項は、編集物でその素材の選択又は配列に創作性のあるものを著作物(編集著作物)として保護する旨を規定するが、これは、素材の選択・配列という知的創作活動の成果である具体的表現を保護するものであり、素材及びこれを選択・配列した結果である実在の編集物を離れて、抽象的な選択・配列方法を保護するものではない。当該編集物が何を素材としたものであるのかについては、編集物自体が素材の選択・配列の結果としてでき上がったものである以上、当該編集物の用途、当該編集物における実際の表現形式等を総合して判断すべきである。そして、当該編集物は、その素材を知的創作性をもって選択・配列したと認められる場合に著作物として保護され、そこで取り扱われた素材について、当該編集著作物におけるのと実質的に同一性を有するような選択、配列によって編集物が作成された場合には、当該編集著作物についての著作権侵害が成立するが、取り扱われた素材が異なる場合には、前記のとおり、抽象的な選択・配列方法ではなく具体的に表現されたものが保護の対象である以上、著作権侵害、著作者人格権侵害の問題は生じないというべきである。

二  《証拠略》によれば、当事者間に争いのない事実を含めて、次の事実が一応認められる。

1  債権者は、前身である四国製紙株式会社(以下「四国製紙」という。)において、昭和三九年九月から、「ニューカラー」という商品名で、それぞれに色名を付した色画用紙の製造・販売を開始した。当初は全一〇色の色画用紙であったが、同年一二月には新たに五色が加えられて全一五色となり、昭和四〇年四月にはそれぞれに色番号が付与された。その後、債権者(四国製紙)は、右商品について、増色、改色、廃色並びに色名及び色番号の付与及び変更を数次にわたって重ね、昭和六二年一二月には全五二色とし、以来平成一〇年七月まで全五二色の色画用紙を製造・販売していた。

債権者(四国製紙)は、昭和六二年一二月、右の全五二色の色画用紙の販売活動においてその画用紙の色を顧客に示すなどして利用する目的で、債権者見本帳を作成し、以来、これを顧客に頒布するなどしていた。

2  債権者見本帳は、表紙に「ニューカラーWクラフトR」、「ニューカラーR」などと記され、見開きには、債権者の商品である全五二色の色画用紙に対応する五二種類の紙片と、債権者の別の商品である表裏の色が異なるタイプの色画用紙(商品名「ニューカラーWクラフトR」)に対応する八種類の紙片が、いずれも一覧できるように貼付された上、それぞれの紙片の左横に色名及び色番号が記され、また、上部に左記(一)及び(二)のような記載がされているものである。

(一) 用 途

教材用

絵画・切紙細工・版画・切文字・ポスター・表示練習

配置練習・校内展示装飾・社会科地図台紙・表紙

一般用

各種資料集・切抜台紙・分類カード・ポスター・値札

書籍見返し・パンフレット・展示物の台紙・メニュー

しおり・デザイン・書籍カバーその他広範囲の用途がございます。

(二) 規 格

全 判 七八八m/m×一〇九一m/m(ラシャ紙)

四ツ切・八ツ切 (色画用紙)

包 装 ポリエチレン包装

仕 立 一〇〇枚完全包装

3  債務者は、平成一〇年一〇月一日、「再生色画用紙」という商品名で、それぞれに色名及び色番号を付した全五五色の色画用紙の販売を開始し、その販売活動に利用するため、遅くとも同年九月下旬までに債務者旧見本帳を、また、遅くとも平成一一年一月下旬までに債務者新見本帳(債務者旧見本帳の色番号等を変更したもの)をそれぞれ作成し、これらを多数の代理店に頒布するなどした。

4  債務者見本帳は、いずれも表紙に「古紙100%」、「再生色画用紙」、「55色」などと記され、見開きには、債務者の商品である全五五色の色画用紙に対応する五五種類の紙片が一覧できるように貼付された上、それぞれの紙片の左横に色名及び色番号が記され、また、上部に左記(一)及び(二)のような記載がされているものである。

(一) 教材用:画材/切り紙細工/切り文字/ポスター/

版画/校内展示装飾/絵画・書道展示台紙/

文集表紙/校内印刷物各種

一般用:書籍見返し/書籍カバー/小冊子表紙/

分類カード/しおり/パンフレット/

メニュー/値札/POP/各種商業印刷/

その他(ファンシーペーパー用途等)

(二) サイズ 四六判 四ツ切 八ツ切

一包み枚数 一〇〇枚(ラミクラフト)

一〇〇枚(透明袋)

一ケース入数 五冊入 一〇冊入

四  本件においては、まず、債権者見本帳及び債務者見本帳がそれぞれ何を素材としたものであるかについて争いがあるが、前記認定の事実によれば、債権者見本帳は、債権者の取扱商品の見本にほかならず、その素材は、債権者の取扱商品である色画用紙についての色、材質、用途、サイズ、包装状態等の商品情報であって、純粋に色彩及び色名を素材としたものではないというべきである。また、債務者見本帳は、債務者の取扱商品の見本であり、その素材は、債務者の取扱商品である色画用紙についての商品情報であって、債権者見本帳同様、色彩及び色名ではないというべきである。

たしかに、債権者見本帳及び債務者見本帳には、いずれも色彩及び色名について表現された部分があるが、各見本帳の用途やその余の記載に照らせば、それは債権者及び債務者の個々の取扱商品についての説明事項の一つにすぎず、たとえ債権者の主張するように、経時的には、まず色彩の選択があり、その後その色彩の原紙を作り、原紙から取扱商品を製作すると同時に見本帳を製作するものであったとしても、債権者見本帳及び債務者見本帳が色彩及び色名を素材とする編集物であると認めることはできない。

したがって、債権者見本帳が色彩及び色名を素材とする編集著作物であることを前提とする債権者の主張は失当であって、債務者見本帳が債権者見本帳についての著作権及び著作者人格権を侵害するものであるということはできない。

また、仮に債権者見本帳が、その素材たる債権者の商品についての情報の選択に創作性を有し、その点において編集著作物に該当するとしても、前記のとおり、債務者見本帳は、債務者の商品についての情報を素材とするものであって、債権者見本帳とは取り扱われた素材が異なるから、右同様、債務者見本帳が債権者見本帳についての著作権及び著作者人格権を侵害するものであるということはできない。

債権者は、色画用紙においてはどの色彩を備えているかが商品価値を左右し、それゆえに自ら企業努力を傾けて市場性、品質に秀でた色彩及び色名を選択したことを強調し、債務者がこれを不当にそのまま踏襲しようとしていると主張するが、債権者の右主張は、結局、債権者及び債務者それぞれの取扱商品の品揃えの同一性又は類似性を問題視するものにすぎず、著作権ないし著作者人格権の侵害が問題となるものではない。

五  以上によれば、本件申立ては、いずれもその余の点について判断するまでもなく理由がない。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判官 中吉徹郎)

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